日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

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ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第63回 第64回 第65回 第66回

第63回:2018年12月25日・第64回:2019年1月9日・第65回:2019年1月23日・第66回:2019年2月5日

重症インフルエンザ肺炎の落とし穴

あけましておめでとうございます。本年も重症感染症に関するテーマを配信していきますので、よろしくお願いいたします。テーマのリクエストがあれば教えてください。

 

今回は、猛威をふるっているインフルエンザです。ICUなので重症インフルエンザ、特に肺炎での落とし穴、注意しなければならないポイントをお伝えします。また最後に新薬に対する考え方をお伝えしたいと思います。

 

<2018-2019シーズンの流行について>

ごく簡単に。とにかく今年は多い!!全国では1月21日~27日がここ20年で最多となり、東京都でも最大の流行と言われた昨年(青線)と比べ昨年を上回りました(赤線)。全国の流行も地図が真っ赤になるほどです。

 型としてはA型、AH1pdm09とAH3亜型(A香港型)の2種類が同時に流行っているようです。これも稀な事態のようです。

 

<重症化のハイリスク群について>

 「重症になりやすい人」はどんな人かというと、5歳未満(特に2歳未満)、65歳以上、妊婦、極度の肥満、施設入所者、基礎疾患をもつ人(COPD、心血管疾患、肝疾患、代謝性疾患…)アメリカインディアン(!) などです。ハイリスク患者のCDCまとめ→ https://academic.oup.com/view-large/127789691 これらの患者は抗インフルエンザ薬の投与推奨者です。

 逆に、5-64歳で基礎疾患がない人は重症化のリスクが少なく、抗インフルエンザ薬はそもそも推奨されていません。

ハイリスク患者ではインフルエンザワクチンを積極的に推奨するのも予防という観点でとても大切でしょう。

 

<重症インフルエンザ肺炎について>

 ICUに入室するような重症インフルエンザ感染症は肺炎、脳症、心筋炎などが考えられます。今回は頻度や落とし穴、治療選択肢などポイントの多い肺炎を扱いたいと思います。

 

【ポイント① 重症インフルエンザ肺炎は迅速抗原が当てにならない!!】

 この時期(2019年1月)に、重症の肺炎がきました。

 

「インフルエンザ迅速抗原陰性だから重症インフルエンザ肺炎じゃない!」

→この思考、間違いです。

 

「インフルエンザ迅速抗原陰性 でも、重症インフルエンザ肺炎かもしれないから、喀痰インフルエンザPCRをやろう!」

→この思考、正しいです。

 

 インフルエンザ肺炎では、迅速抗原検査の感度が「かなり」低くなります。2018-2019シーズンで流行っているAH1pdm09(H1N1)では、迅速抗原検査の感度が低いです。迅速抗原検査はPCR検査をstandardとしたとき、49.4%の感度しかなかった(Interim report on the A/H1N1 influenza virus pandemic in Marseille, France, April-November 2009. Clin Microbiol Infect. 2010 Apr;16(4):322-5.)、日本のPCRで診断がついたH1N1による重症インフルエンザ肺炎で、インフルエンザ迅速抗原検査が陽性だった症例は36%しかなかった(日本集中治療医学会雑誌 第19巻1号)。など、根拠はたくさんあります。どうやら、肺炎になると肺>鼻腔や咽頭 でウイルスが増えるため、鼻腔などではウイルスが検出しにくいようです。

以前当院の重症インフルエンザ肺炎でV-V ECMOを行い社会復帰した症例でも、迅速抗原4回陰性(!)でも喀痰PCR陽性で確定診断したことがありました。現在は重症の場合は保険診療でPCR検査可能となっています(D023 微生物核酸同定・定量検査 9 インフルエンザ核酸検出、抗酸菌核酸同定、結核菌群核酸検出 410点 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411.html)。軽症ではできませんのであしからず。

PCRの検体は何がいいかについて。ICU患者(ECMOセンター)の重症インフルエンザ(H1N1)患者で、気管支肺胞洗浄液のPCRを感度100%とした時、咽頭ぬぐい液のPCRの感度は75%であったそうです(Ventilatory and ECMO treatment of H1N1-induced severe respiratory failure: results of an Italian referral ECMO center. BMC Pulm Med. 2011 Jan 11;11:2.)。気管支肺胞洗浄液>喀痰>咽頭・鼻腔ぬぐい液 がよいです。なので、最低喀痰、できれば気管支肺胞洗浄液で提出がベスト、咽頭・鼻腔は避ける、というスタンスがよいでしょう。

 一言でまとめると、特に流行時期の重症肺炎の際、インフルエンザ肺炎の診断もしくは除外には、PCRが必要です。

 

 ここからは個人の感覚の話ですが、重症インフルエンザ肺炎は、酸素化障害はかなりおきますが換気障害にはならないことが多いです。若年、流行シーズン、ベタっとした浸潤影ではない肺炎像、人工呼吸器管理をするくらい重症酸素化障害だが換気障害が全くない、これらが揃えば揃うほど、「重症インフルエンザ肺炎かもな、インフルエンザPCRを出そう」という思考になります。

 

【ポイント② 重症インフルエンザ肺炎は「早期」V-V ECMOが有効!!】

 重症インフルエンザ肺炎で気管挿管・人工呼吸器管理を行っても酸素化障害が著明であれば、「早期に」膜型人工肺(V-V ECMO)を導入する必要があります。「早期」とは、「7日以内」です。H1N1重症インフルエンザ肺炎に対して入院7日目以内のV-V ECMO導入例は生存率77%、一方で入院7日以降のV-V ECMO導入は生存率30%です(Noah MA et al. Referral to an Extracorporeal Membrane Oxygenation Center and Mortality Among Patients With Severe 2009 Influenza A(H1N1). JAMA. 2011 Oct 19;306(15):1659-68.)。酸素化障害が著明な重症インフルエンザ肺炎を「疑った」ら、PCR検査を提出し、V-V ECMO管理のできるICUに入室を検討しましょう。PCR検査は外注だと時間がかかってしまう場合もあります。「疑い」段階でICU依頼が必要な理由が、7日以内の「早期」V-V ECMO導入を検討する必要があるからです。

「PCR結果が出た、やっぱり重症インフルエンザ肺炎だった!入院後1週間たったけど酸素化障害もよくなっていないからICUに転院依頼しよう。」

→ これでは遅いのですね。

 

【ポイント③ 重症インフルエンザ肺炎の抗インフルエンザ薬】

 最初に結論ですが、①発症後早期(48時間以内)に投与すべき ②抗インフルエンザ薬としてはノイラミニダーゼ阻害薬が現在のファーストチョイス です。

ノイラミニダーゼ阻害薬は本邦で4種類ありますが、重症患者に対してどれがいいか、どれくらいの量、どれくらいの期間投与したらよいか、などはあまりわかっていません。我々はICU入室患者では点滴へのアクセスがよく、血中濃度が早期にあがることを鑑み、注射薬であるラピアクタを投与します。

 一般的にはノイラミニダーゼ阻害薬が主流で、内服薬のオセルタミビル(タミフル®)、吸入薬のザナミビル(リレンザ®)・ラニナミビル(イナビル®)、注射薬のペラミビル(ラピアクタ®)があります。重症例に関しては、現在は注射薬のペラミビルを使うことが多いです(以前はオセルタミビル2倍量の経鼻胃管投与なんてことをしていました)。重症インフルエンザ肺炎に対してペラミビルを含め抗インフルエンザ薬をいつまで使用すればいいか(ペラミビルであれば初日1回投与でいいか、二日目以降も投与するか)などの効果は実はあまり分かっていません。

V-V ECMOになりそうなICUの重症インフルエンザ患者には、ノイラミニダーゼ阻害薬 and/or 後述するバロキサビルがよいかもしれません。が、バロキサビルが重症インフルエンザ患者に有効か否かはさらに分かっていませんので、もう少しバロキサビルのデータが揃うまでは少し慎重に考えた方がよさそうです。

 

【コラム:新薬「ゾフルーザ®」使用のスタンス】

キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬バロキサビル(ゾフルーザ®)はウイルスの転写を阻害しウイルス増殖そのものを防ぐという新しい機序の抗インフルエンザ薬です。ノイラミニダーゼ阻害薬は、複製されたウイルスの遺伝子が細胞から出ていくのを防ぎます。機序が違うので、我々としては武器が増えるかもしれません。

ただ、まだ副作用などのデータが揃っておらず、特に重症患者は治験時に除外されているので、重症に効くかどうかもわかっていません。また、既に耐性ウイルスが割と出ているというデータもあります。このあたり、本来であれば使用には慎重さが必要な薬です。

ところが、一般向けや医師向けのコマーシャルのためかわかりませんが、2018年の発売以降、抗インフルエンザ薬のトップシェアとなっているようです。

少なくとも、患者が「ゾフルーザ®がほしい」と言ってくるようなコマーシャルは避けないといけないと思っています。その判断はプロである医師であり、患者ではないはずです。(日本代表サッカー選手のチーム移籍に対して我々素人が、「もっとビッグクラブに行ってほしい」と言っているようなものですね。)医師には「その」患者に対して メリット>デメリット である判断のもとで治療することと共に、社会全体の「益」となるような行動が問われます。抗インフルエンザ薬が必要のない人にまで抗インフルエンザ薬を処方したら、耐性ウイルスが増え、本当に薬が必要な重症やハイリスク患者にも処方できなくなる、さらには救えなくなるかもしれません。

一方、以前のコラムでも述べましたが(http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/eccm/icu_round/icu_round_036_037_038.html)、抗菌薬や抗ウイルス薬の創薬が遅れているのも問題(Ventola CL. The antibiotic resistance crisis: part 1: causes and threats. Pharm Ther. 2015;40:277-83.)であり、50年後は耐性菌による感染症が癌死を上回るかもしれない、というデータもあります。創薬が進まない理由の一つが、「企業のお金にならない」ことがあげられます。製薬会社も企業である以上、少なくとも開発費をとれる見込みがなければ、創薬しないというスタンスになりがちでしょう。

このあたり、個々の医師では困難な部分があるので、行政の適切な介入も必要そうですね。

色々なことを考える必要がありますが…

皆さんは新薬を、自分や自分の家族に処方しますか?しませんか?

 

【終わりに】

 2018-2019シーズンはICUに搬送される重症インフルエンザが多いように感じますが、これは分子/分母の問題で、分母の総インフルエンザ患者数が多いから分子の重症患者も多いのか、それとも今年は重症化割合が多いのかはわかりません。このあたりは慎重に評価が必要でしょう。

いずれにしても今年は分母の発生数が多いので、シンプルに皆さんの所へ搬送される重症数も多い可能性があります。だからこのコラムを書こうとも思いました。

 

今回扱ったインフルエンザ肺炎はあくまで「重症」です。インフルエンザ患者のほとんどである「軽症」患者とは話を分けて考えてください。本文でも書きましたが健康若年成人で基礎疾患なしの人に発症した、入院が不要な「軽症」インフルエンザ感染症に関しては、抗インフルエンザ薬は推奨されません。

 そもそも、特にハイリスク患者や医療従事者を中心に、重症化を防ぐという意味でも流行前にインフルエンザワクチンをする方がよっぽど重要です。最高の治療は予防ですね。

 

インフルエンザの長いですが良いまとめは、2018年12月にCDCが無料で掲載しているものがあります。検査が不要な人、治療が不要な人を確認するのにはいいガイドラインかなと思いますので、よかったら一部でも見てみてください。

https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciy866/5251935

 

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