日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

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ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第48回 第49回 第50回

第48回:2018年6月12日・第49回:2018年6月20日・第50回:2018年6月27日

最も使用を減らすべき抗菌薬はカルバペネム!

サッカーW杯で日本代表が活躍しましたね。試合ももちろんですが、ベスト16敗退後、本田選手の「W杯の優勝の夢は後輩に託した」、西野監督の「何が足りないのか…」と絞り出した声、長友選手の「全て出し切った」など、たくさんの感動する言葉を聞けました。夢を持ち続けることの大切さ、日々何が足りないのか自問自答し続けている人の葛藤、全て出し切ったと言えるほどの努力…真のプロフェッショナルにしか出せない言葉だと思います。改めて、救急集中治療、重症感染症のプロフェッショナルとして、日本の救急集中治療を世界一にするため日々一つ一つのことを頑張っていこう、と勇気づけられました。
「W杯優勝する」、と公言してきた本田選手にあやかって、「最も使用を減らすべき抗菌薬はカルバペネム!」と言い切ります。
前回は「メロペンテイコじゃいけないワケ」を概念的にコラムにしましたが、今回は医学的な理由から、最も減らすべきは抗MRSA薬でもなくβラクタマーゼ阻害薬でもなく、カルバペネムである理由を説明していきます。

 

 

ポイントは以下の3点。

 

① WHOが最も求めている抗菌薬開発がカルバペネム耐性菌であること
② 「ステルス」で広まること
③ カルバペネム耐性菌が増えると感染症診療プラクティスが大きく変わりうること

 

 

①WHOが最も求めている抗菌薬開発がカルバペネム耐性菌であること

WHOが抗菌薬開発ターゲットとすべき薬剤耐性菌の中で優先度が最優先(critical)としている菌が3つありますが、ご存知ですか?

 

(1)カルバペネム耐性腸内細菌群(carbapenem-resistant Enterobacteriaceae :CRE)
(2)カルバペネム耐性緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
(3)カルバペネム耐性アシネトバクター(Acinetobacter baumannii

 

文字通り、全て「カルバペネム耐性」です。
「世界」保健機構であるWHOが「カルバペネム耐性菌」を最も開発ターゲットにしているだけで、ことの重大さがわかります。

 

 

②「ステルス」で広まること

CREの中には、「ステルス」と呼ばれている耐性機構拡散システムがあります。「ステルス」とはステルス戦闘機などで使われるように、「隠密」「こっそり行うこと」などと訳されます。要するに「発見されにくい耐性菌」ということです。
シンプルに言うと、日本でも微生物検査室で使用されている感受性検査の自動機器では、カルバペネマーゼ産生菌を検出できないことがあります。カルバペネム耐性遺伝子を持つにも関わらず、感受性がある「S」という結果で臨床医に返ってしまうのです。これだと、カルバペネムが効かない・効きにくいどころか、カルバペネムが「S」だから、という理由で耐性菌対策としての接触感染予防策などをとらないことになります。そうすると、「ステルス」、つまり我々医療者が気づかないうちにどんどん他にもその耐性遺伝子が広がっていくのです。「カルバペネム耐性菌」という結果なら誰しも「ヤバい!」と思うかもしれませんが、「カルバペネム感受性菌」という結果でも知らない間にカルバペネム耐性菌が拡散するということです。非常に怖いですよね。
さらなる詳細を知りたい方は、日本感染症学会などの4学会連携提案を参照ください。(http://www.kansensho.or.jp/guidelines/4gakkai_carbapenem?2017.html (Accessed 2018/7/04))

 

 

③カルバペネム耐性菌が増えると感染症診療プラクティスが大きく変わりうること

カルバペネム耐性菌がもし増えたら、我々の診療プラクティスはどうなるでしょうか。現在、日本の腸内細菌群に占めるカルバペネム耐性腸内細菌群の割合は0.1%程度です。なので、尿路感染症や腹腔内感染症などでグラム陰性桿菌、その中でも大腸菌などの腸内細菌群が原因と考える時、「カルバペネム耐性」のことまでは考えなくてよいです。
しかし、カルバペネム耐性が仮に20%になったらどうなるでしょうか?カルバペネム耐性だと、カルバペネムはもちろん使用できませんが、ペニシリン系、セファロスポリン系はほぼ使用できません。カルバペネム耐性腸内細菌群は同時に他のβラクタム系もほぼ耐性だからです。βラクタマーゼ阻害薬配合剤にして何とか可能性はあるけど、おそらく耐性割合が多く使用できません。他の候補としてはニューキノロン系、アミノグリコシド系になるでしょう。しかし、ニューキノロン系は日本では外来での乱用のため腸内細菌群に感受性が悪いため、腸内細菌群に単独では使用できません。アミノグリコシド系は腸内細菌群に感受性がある可能性が高いですが、「グラム陰性桿菌にしか効かない」ので、グラム陽性菌のカバーが同時に必要(黄色ブドウ球菌、腸球菌など)である場合、やはり単独では使用できません。また腎機能障害、耳機能障害など副作用も多いです。
こうなると、多くのシチュエーションで抗菌薬単独では治療できず、βラクタム系+2剤目が必要となる可能性が高いです。2剤目の候補としては上記同様ニューキノロン系、アミノグリコシド系になるでしょう。しかし、2剤使用すればシンプルに言うと2倍抗菌薬投与量が増えるので、2倍耐性菌ができやすくなります。このような状況に追い込まれれば、「腸内細菌群に対して2剤使用」せざるを得ない診療プラクティスとなり、それに加えてさらに「他の抗菌薬まで耐性化が進む」原因になります。
対比させるとわかりやすいので、仮に日本のMRSAのバンコマイシン耐性が0%→20%に進んだとしましょう(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌、VRSAと言います)。VRSAが増えてしまった場合、他の抗菌薬として、リネゾリド、ダプトマイシンがあります。これらは、「バンコマイシン→リネゾリドorダプトマイシン」への「変更」で済みます。2剤にはなりません。このことからも、カルバペネム耐性の方が重要であることがおわかりいただけたかと思います。

 

なお話がそれますが、少しだけカルバペネム耐性緑膿菌の話をします。
カルバペネム系の緑膿菌感受性は施設のアンチバイオグラムで確認が必要です。JANISの公開情報によると、2016年に全国の医療機関の入院患者から収集された緑膿菌におけるイミペネム、メロペネム耐性率はそれぞれ21.9%, 18.1%です(厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業. 検査部門 JANIS(一般向け)期報・年報. https://janis.mhlw.go.jp/report/kensa.html (Accessed 2018/6/15))。つまり日本の施設では緑膿菌はカルバペネムを使っても5人に1人は効かない、ということになります。カルバペネム一辺倒だと、20%は落とし穴、となるため注意が必要です。なお、日大板橋病院救命センターでの緑膿菌感受性率は、以前の70%台→2016年で90%越えました。色々な対策が功を奏した我々の誇れる成果です。でも、サッカー日本代表のように、さらにもっと上を目指し続けます。

 

<終わりに … サッカーと決断力とカルバペネム使用>

こういった理由で「最も使用を減らすべき抗菌薬はカルバペネム!」と言いました。現在、色々な問題(製薬会社が儲からない、など)のため、新規抗菌薬開発が少ないのです(Ventola CL. The antibiotic resistance crisis: part 1: causes and threats. Pharm Ther. 2015;40:277-83.)。我々の施設でも新規抗菌薬の治験には積極的に参加しているのですが、まずはカルバペネムの使用を極力避けカルバペネム耐性化を防ぐことが重要です。

 

サッカーW杯、負けたベルギー戦はアディショナルタイム(以前はロスタイム)に、日本のコーナーキックが相手キーパーに取られたところから見事なカウンターをくらい、失点し敗れました。相手のカウンターにならないようリスクマネジメントのためにコーナーキックを相手にとられないようにすればよかった、などという意見がありましたが、全くナンセンスです。そのコーナーキックで点がとれれば日本が勝っていたわけですし、勝負に「たられば」はないのです。何よりも「最後まで攻める」決断をしたことが、今後の日本サッカー界の財産になるからです。たぶん、「攻めながらカウンターのリスクマネジメントをする」日本サッカーができていくことでしょう。「ドーハの悲劇」があるから、今のW杯常連となった日本サッカーがあるのです(ドーハは古い?)。

 

よく思うのですが、「決断をする」ことで人は飛躍的に成長します。決断を避けていれば人の決断を待つことになり、決断した人より成長が遅れます。カルバペネムを極力減らすために、自ら目の前の決断をすること、「この状況だからカルバペネムを使わない!」もしくは「この状況はここぞだから、カルバペネムを使う!でも早く他の抗菌薬に変えたい!」と「自ら」決断すること、これが本質的に重要なのだと思います。よくわからないけどてきとーに決める、という意味ではなく、勉強したり考えたりして自分で得た根拠を持って決める、という意味です。
サッカーの一瞬の「判断力」で勝負するのが得意な柴崎選手のように、「決断力」のある医師になりたいですね。

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