日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

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ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第34回 第35回

第34回:2018年1月17日・第35回:2018年1月24日

抗菌薬関連脳症

今回のコラムは、薬剤師にまとめてもらいました。本編の前に少し所感です。

 

 

抗菌薬に限らず薬剤は我々の武器ですが、同時に副作用を起こすこともある諸刃の剣である、という認識は全ての薬剤に必要だと思います。ドラクエの「もろはのつるぎ」は攻撃力が強いですが与えた1/4のダメージが自分に返ってくる武器でした。1/4ダメージを受けて仮に死んでもザオリクできますが、実際の患者が致死になることは絶対に避けなければいけませんし、治療効果を超える患者の害を起こすことも避けなければなりません。薬剤の覚え方として「何に効果がある」は割と皆覚えますが、「こんな副作用が多い、何に気をつけなければいけない」という方には意識が薄くはないでしょうか?

 

脳症に限らずですがICUの抗菌薬使用で副作用を起こさないために大切なのは、
① 腎機能(たまに肝機能)を適切に把握し適切な量を投与する
(クレアチニン値からのeGFRだけでは我々のような急性期ICUではダメ、尿量の下がり具合、上がり具合から悪化、回復の程度を考慮することが重要)
② 不要な抗菌薬投与を避ける(抗菌薬だけでなく不要な「薬」は全て避ける)の2点です。

 

抗菌薬関連脳症はメトロニダゾール脳症やセフェピム脳症が有名ですが、「どの抗菌薬でも起こる」と思っていた方がいいです。
臨床所見としては、意識障害、痙攣、ミオクローヌス、精神変化、小脳失調などです。詳細は参考文献4(PMID: 26888997)を読んで頂ければと思いますが、タイプ別に特徴はあるものの、いずれも特異的な所見ではありません。
なので、抗菌薬関連脳症で大切なのは、知識を持っていて「疑うこと」であり、 例えば敗血症が快方に向いているのに中枢神経症状が悪化する、 改善がない場合は抗菌薬関連脳症「かもしれない」と考えることだと思います。また、セフェピムやメトロニダゾール(だけ)を使わないなど振り切れた安易な発想にならないようにすることだと思います。
抗菌薬関連脳症で臨床的に難しいのは、原疾患による脳症、例えば敗血症性脳症との鑑別、他の原因による脳症との鑑別です。
以下、本編です。さらに知りたい方は参考文献4(PMID: 26888997)が最近の総説で最もまとまっていると思いますので、こちらを読んでみてください。

 

 

抗菌薬関連脳症とは

抗菌薬関連脳症 (Antibiotic Associated Encephalopathy ; AAE) と言えば、どの抗菌薬を思い浮かべますか。AAEは抗菌薬投与に伴う重篤な中枢神経障害として、重篤な経過を辿る場合があります。発症頻度は約 1 % 以下と報告されており1,2)、副作用の頻度としては少ないですが、ICUでは1年間で何百人にも抗菌薬を使用していますので、ある一定数は患者がいることが想定されます。
AAE と聞くと、多くの方が第四世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフェピム (CFPM) における副作用を思い浮かべるのではないでしょうか。確かに、CFPM を投与したICU患者の15%にCFPM関連脳症が起きたという報告もあり3)、抗菌薬の中でも頻度が高いことが示唆されています。 しかし、CFPM 以外の抗菌薬でも AAE が発症する事が報告されており、AAE は理解しておくべき副作用の一つであると考えます。また、他の脳症との鑑別診断のためにも、AAE の存在を認識する事で、不必要な検査や、治療の遅れを回避することができると思われます。
そこで今回は、あまり知られていない AAE の症状や作用機序を中心に解説します。

 

 

AAEの原因となる抗菌薬について

AAE は大きく 3 つのグループに分類されています。Type 1 (セファロスポリン系、ペニシリン系)、Type 2 (キノロン系、マクロライド系)、Type 3 (メトロニダゾール)が存在し、特徴が異なりますので、その点を中心に各分類について触れていきたいと思います。

 

 

Type 1 : セファロスポリン系 (CFPM、セフトリアキソン(CTRX))、ペニシリン4)

投与開始数日以内に痙攣、ミオクローヌス、てんかん波が起きることが特徴であり、作用機序は、βラクタム系抗菌薬がGABA受容体への神経伝達を阻害することで、興奮性神経伝達の活性化が起き、上記症状を呈すると言われています。
文頭でも説明した通り、代表的なAAEの原因薬剤であるCFPMでは、症状発症にトラフ濃度が相関するといわれています5)。また、中枢神経移行性があるCTRX においても神経毒性の報告がされています。さらにペニシリンでは、in vitro における研究ですが、投与により抑制性神経が減少し興奮性神経の活性化が報告されています。このように、一般的に中枢に移行すると言われている薬剤ではAAEの可能性が示唆されています。
当該薬剤による症状は、基本的に可逆性であるため、投与中止後数日で症状が改善すると考えられています。大部分が水溶性薬剤なので、緊急を要する場合は透析が可能であり、ほとんどのセファロスポリン系抗菌薬は、透析で70%程度除去されると言われています。ただし、CTRX は除去されにいため、透析によって神経毒性の改善は乏しいですが、こちらも投与中止後数日で症状が改善することが報告されています。6)
以上のことから、 type 1ではセファロスポリン系やペニシリン系が脳内の興奮神経伝達を活性化し、可逆性の神経毒性をもたらします。過去の知見を読み解くと、腎機能障害を有する患者群に発症頻度が多い傾向にあるため、副作用を避けるためには、腎機能に沿った投与量を考慮する必要があります。

 

 

Type 2 : キノロン系、マクロライド系7)

投与開始後数日以内に幻覚や妄想等の精神症状を発症することが特徴です。作用機序は、ドパミンやNMDA受容体へ作用することで症状を引き起こすと言われています。当該薬剤の神経毒性の研究は限られていますが、キノロンが海馬に影響するというin vitroの報告やNMDA受容体に作用して神経の変調を引き起こすとされています。キノロン系抗菌薬の一つであるシプロフロキサシンでは、AAE やせん妄を発症したと報告があります。また、マクロライド系抗菌薬のクラリスロマイシンを投与した患者では、投与開始後約5日で神経毒性を発症したとされています。8)
Type 1 と同様に、ほとんどが中止によって良好な転帰を示し、脳波の改善を認めたことが確認されており、副作用は可逆性と考えられます9)。シプロフロキサシンは、尿中排泄の薬剤であるため、腎機能低下患者では薬剤が蓄積し、既報においても、濃度依存的に脳の興奮性神経伝達を活性化させたと言われているため、腎機能低下では投与量を減量することが必要と考えられます。一方、クラリスロマシンは、肝臓で代謝させるため、肝機能障害がある場合には注意して使用することが求められます。
以上のことから、type 2では、キノロン系、マクロライド系がドパミンや NMDA受容体に作用し、精神症状に関連する神経障害を引き起こします。キノロン系では腎排泄、マクロライド系では肝代謝の薬剤が多い事から、臓器機能に合わせた投与量で投与する事が重要です。また、症状が発現した場合には、投与中止から数日以内に症状は改善します。

 

Type 3 : メトロニダゾール (MNZ) 10)

投与開始数週間以内に構音障害、歩行障害、嘔気と小脳を中心とした病変が起きることが特徴です。作用機序はMNZがフリーラジカルの蓄積を起こし、神経毒性を起こすとされています。こちらも in vitroの研究において、MNZ の中毒量により小脳や橋に損傷を起こすことが確認されています12)。余談になりますが、MNZ は脳内のチアミン欠乏を来たすという報告もあり、ウェルニッケ脳症と類似しているとも言われますが、ウェルニッケ脳症でよく見られる視床の損傷はMNZでは起きないとされています。
薬物動態的な特徴として、MNZは中枢に移行しやすい薬剤であり、30~60% は肝代謝されます。そのため重度の肝機能障害がある場合には、MNZ脳症のリスクが上昇する可能性があります11)。Type 1, 2と同様に投与中止から改善まで平均8.5日とほとんどが可逆性ですが、少ない症例で不可逆的な経過を辿った報告もあります。既報では投与量や投与期間が脳症に相関しないとの報告もありますが11)、肝機能障害等がある場合はやはり投与量の調節を行うほうが安全だと考えます。

 

今まで、3つの分類についてお話させていただきましたが、上記分類に該当しないが、AAE の原因として報告されている薬剤にアシクロビル (ACV) もあるため、 追加で説明します。

 

 

ACV 脳症14,15)

症状は意識障害や振戦、ミオクローヌス、錯乱、混迷、傾眠、幻覚、構音障害と多岐に渡ります。作用機序は、ACVの主な代謝産物である 9-カルボキシメトキシメチルグアニン (9-carboxymethoxymethylguanine ; CMMG) が、腎機能低下患者において蓄積し、発症すると考えられています。実際にAAE発症群と非発症群を比較した検討では、AAE 発症群では非発症群に比べ血清 CMMG 濃度が高値を示したと報告されています。ACV は腎排泄薬物であるため、透析患者や腎機能低下患者はAAEが起こりやすいことも確認されています。
ACV によるAAEも、投与中止や透析といった方法で症状の改善が見込まれますが、投与の際には適切な投与量を適切な期間で投与することが大切と考えます。

 

 

AAE はどう回避できるか

AAE のほとんどが可逆的であり、抗菌薬中止により、改善することが分かっています。また、type 1~3 のリスク因子として肝臓や腎臓などの臓器障害が考えられます。参考にした文献では、AAE を発症した患者では腎機能別の投与量に調節できていなかったとの考察がされています。救命センターのような ICU setting において抗菌薬使用は治療上欠かせません。防ぎうる不利益を患者さんに少しでも起こさない為にも、臓器機能をモニタリングして、適切な投与量を調節する必要があります。

 

References

  1. Owens RC, Clin Infect Dis, 2005;41(suppl 2):S144-S157
  2. Mattappalil A, Clin Ther, 2014;36:1489-1511
  3. Fugate JE, Crit Care, 2013;17:R264
  4. Bhattacharyya S, Neurology, 2016 ;86(10):963-71(PMID: 26888997)
    →お勧め総説
  5. Lamoth F, Antimicrob Agents Chemother, 2010;54:4360-4367
  6. Ki Bae Kim , J Korean Med Sci, 2012;27:1120-1123
  7. Schmuck, Antimicrob Agents Chemother, 1998;42:1831-1836
  8. M.Bandettini do Poggio, J Clin neuroscience, 2011;18: 313-318
  9. Saeed M.G , Saudi J Kidney Dis Transplant, 2002;13(2):163-170
  10. 加藤英明ら,メトロニダゾール誘発性脳症2例の症例報告および国内32例の文献的考察,感染症誌,2015;89:559-566
  11. Cheong HC, Korean J Hepatol, 2011;17:157-160
  12. Von Rogulja P, Acta Neuropathol, 1973;25:36-45
  13. Akira K, Clin Neuropharm, 2011;34:241-247
  14. Haruyuki Y, Medical journal, 2014;40(1):37-41
  15. Tatsuya T, Jap. J. Pharm.Health Care Sci, 2007;33(7):585-590

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