日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

教室紹介

ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第3回

第3回:2017年4月24日

TEIC 治験
テイコプラニン(TEIC)をメインで使用している理由

当院ICUでは抗MRSA薬としてバンコマイシン(VCM)ではなくTEICをメインに使用しています。これは2013年に色々な背景に基づいて、どうやら一般的にICUで使用するにはTEICの方がよさそうであると判断したからです。その判断や最近のトピックスを踏まえ➀についてお伝えします。
まず、日本で2017年現在、抗MRSA薬として使用できるのは、VCM、TEIC、アルベカシン、リネゾリド、ダプトマイシンがあります。抗MRSA薬の使い分けの詳細は日本感染症学会と化学療法学会が合同で作成したMRSA感染症の治療ガイドライン(http://www.kansensho.or.jp/guidelines/1407_mrsa_guideline.html)を参考にしていただければと思います。このガイドラインの総論を端的にまとめると、各薬剤に特徴があるため、昔の様にVCM一辺倒ではなく、今後はこれらを使い分けていく必要があるということです。この背景には、VCMの最小阻止発育濃度(MIC)が年々上昇している現象(VCM MIC creep)があり、VCMの臨床効果が期待できないMRSA(VCMのMICが2だと臨床効果が悪いことがわかっています)が増えてきていることも背景の一つにあげられます。現在の日本ではほとんどないですが、米国などの耐性菌大国ではバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌=VRSAという恐ろしい黄色ブドウ球菌が増えています。
当院ICUがTEICに切り替えた理由の一番の理由として、臨床効果はVCMと変わらず、腎障害はVCMより少ないからです。二番目は、中毒域となる血中濃度範囲がVCMの方が狭いため中毒濃度になりやすく、TEICの方が安全域が幅広いため多少血中濃度過剰になっても副作用が出にくいからです。VCM VS TEICのSystematic Reviewでも、臨床的効果は変わらず、TEICの方が腎不全が少ない、トータルの有害事象が少ない、レッドマン症候群(投与後に顔や首が赤くなる)が少ないなどが示されています(Svetitsky S1, Leibovici L, Paul M. Comparative efficacy and safety of vancomycin versus teicoplanin: systematic review and meta-analysis. Antimicrob Agents Chemother. 2009 Oct;53(10):4069-79.)。当院では基本は12mg/kg ×2回 /dayを初期投与量として推奨しています。TEICのキレが悪い、などとお話しされる方も一部いらっしゃるようですが、その場合、量が少なくないかどうか、血中濃度が適切かどうかをきちんと確認した方がよいと思います。私はあまり困ったことはありません。(なお、「キレ」という表現は色々と語弊を生む表現なので個人的には使用しません。)
ちなみに私個人的には、抗MRSA薬として使用する場合、TEICが圧倒的に多く、TEIC>>>リネゾリド=VCM>ダプトマイシンの順で、アルベカシンは使用経験がほとんどありません。通常の抗MRSA薬としてはTEICを第一選択薬として、多くは問題ありません。
VCMを最初から使用するときは、MRSAやペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)髄膜炎が疑われる時です。当院ICUはPRSPが幸い少ないので、VCMの使用は脳室ドレーンなどが入っている医療デバイス関連髄膜炎でMRSAが疑われる時にほぼ限定されています。
リネゾリドはMRSAによる肺炎や軟部組織感染症にはよいと思われます。ダプトマイシンも菌血症にはよいかもしれません。ただ、積極的にTEICよりもリネゾリド、ダプトマイシンを使用する根拠、理由はまだそこまではないだろうと考えています。
現在、抗MRSA薬としていくつか臨床試験が進行中ですので、今後新たな抗MRSA薬が日本でも使えるようになることが期待されます。当院でも治験進行中です。

 

 

➁抗菌薬の治験を頑張る理由

現在、当院ICUでは2つの抗菌薬治験を継続中で、さらにもう一つ抗菌薬治験が承認予定です。そこで、今回は抗菌薬治験の意義について述べます。
実は近年、耐性菌が増えているにも関わらず、新規抗菌薬の開発は少なく(Boucher HW, Talbot GH, Bradley JS, et al:Bad bugs,no drugs:no ESKAPE!An update from the Infectious Diseases Society of America.Clin Infect Dis.2009;48:1-12.)、臨床に関わっている我々は手持ちの抗菌薬という武器が少ない状態で新たに増加する耐性菌と闘わなければならなくなっています。イギリスからの報告では、50年後にはこのまま抗菌薬が開発されない状況が続けば、耐性細菌による死亡が年間1千万人になると予測されています。これは癌死の820万人よりも多く、死亡原因で最多となるということです。年間1000万人、とはかなりの割合であると思いませんか。世界人口が70億人だとして、700人に一人は耐性細菌で亡くなる、そんな時代があと50年先に迫っているということです。
この新たな薬剤耐性菌が増加している一方で新たな抗菌薬を含む抗微生物薬の開発が減少している状況などを鑑み、2016年に本邦で初めて、厚生労働省から薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが策定されました。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html)。
内容として特徴的なのが、「ワンヘルス・アプローチ」の概念です。「ワンヘルス・アプローチ」とは、医療のみならず獣医療、畜水産、食品衛生などの分野全般における包括的な視野にたつことであり、これらの分野が共同して取り組むべき対策をまとめたものがこの薬剤耐性アクションプランとなります。医療分野において6分野(➀普及啓発・教育 ➁動向調査・監視 ➂感染予防・管理 ➃抗微生物薬の適正使用 ➄研究開発・創薬 ➅国際協力)が目標設定されています。臨床医としては➂耐性菌への感染予防策 ➃抗微生物薬の適正使用が最も関与する点であると考えられますが、治験は➄に入ります。
実は治験を日本で頑張る必要があるのには、理由があります。そもそも開発された薬は、現在は多くは第3相試験という実際の日本人での患者のデータをとった上で、日本で承認されるという流れがあります。その第3相試験の症例エントリー数が日本で少ないと日本でその薬が承認されないことがあります。ただでさえ開発が少ない抗菌薬なのに、世界で使用している抗菌薬が日本で使用できなくなる危険があるのです。
また、日本の製薬技術というのは世界に誇れる分野です。抗菌薬も日本で開発された薬が多いです。ただ、製薬をしても採算がとれないものには企業としては開発投資をしにくいのです。実は抗菌薬は製薬会社としてはあまり採算が合わない分野であります。これが、抗菌薬開発が遅れている理由にもなっています。
治験を行うデメリットとして、我々医療従事者(医師、看護師、治験管理室)の労務的な負担が多いことが挙げられます。病院収入にはある程度なるのですが、なかなか現場は大変です。
上記のアクションプランもそうですが、学会や厚生労働省を含めてこれらの問題を解決していこうという流れがありますので、少しでも未来の耐性菌対策のために(自分が耐性菌で死なないために?)治験を頑張って行いながら動向を見ていきたいと思っています。皆さんも是非協力していただければと思います。

 

 

カルバペネムの使いどころ!も今回議題にあがったのですが、長くなってきたのでまた次回に。

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