教室紹介
ICU感染ラウンド
ICU INFECTIONS ROUND
ICU感染症ラウンド 第16回
第16回:2017年8月10日
PK/PDを考慮した抗菌薬治療について
今回、コラムを担当させて頂きます薬剤師です。
少し前の話になってしまい申し訳ありません。バンコマイシン(VCM)からダプトマイシン(DAP)へ変更した症例がありましたが、その患者から検出されたMRSAのVCMの感受性はSでMIC (最小発育阻止濃度) は1でした。カルテには「VCMは重症量としてtrough 15-20μg/mL目標が望ましい。MRSA:VCM-MIC 1。投与プランについて再度薬剤師と相談を」とありました。なぜ、MIC 1だとVCMの効果が不十分になるのかPK/PD理論をもとに述べていきたいと思います。
1. PK/PD理論とは
PKはPharmacokineticsの略で「薬物動態」を意味し、PDはPharmacodynamicsの略で「薬力学」を意味します。薬の作用を考える上で薬物動態 (どれだけ体内に存在しているか) はとても重要となりますが、薬力学 (薬がどれだけ作用したか) も重要となります。そこで、この両者を考慮し、薬の効果を考えていくものがPK/PD理論です。
一言に薬の効果といっても個人差があり、性別や人種によっても変化します。実際の臨床に応用するのは実はかなり難しいのが現状です。しかし、抗菌薬の分野ではこのPK/PD理論が実際に使われています。抗MRSA薬の代表的なPK/PDパラメーターを表1にまとめてみました。
表1
薬剤 | PK/PDパラメーター |
VCM,TEIC | AUC/MIC 1日投与量が重要(TDMで調節) |
ABK | Cpeek/MIC 1回投与量を多くする。1日1回投与推奨 |
LZD (静菌的) | AUC/MIC 1日投与量が重要 |
DAP | Cmax/MIC,AUC/MIC 1日投与量が重要。1日1回投与推奨 |
AUC(area under the curve;血中濃度曲線下面積):血中濃度曲線の下の部分の面積で表される体内に取り込まれた薬剤の量の指標。1日投与量と相関する
Cpeek:組織分布が完了した時点における血中濃度。通常、点滴開始1時間後(30分で投与した場合、終了30分後)に採血した血中濃度。
Cmax:薬剤投与後の最高血中濃度。
2. VCMの感受性について(CLSIのブレイクポイント)
Clinical Laboratory Standards Instituteのブレイクポイントでは,VCMはMIC 値が2 μg/mL 以下(≦2μg/mL)の株は感性 (S)と判定されます。余談ですが、4~8μg/mLは中間 (I)、≧16μg/mLは耐性 (R)となっています。近年は以前のコラムにもありましたがMRSAの耐性化が進み、米国を中心にMIC 2の株が増加傾向です。このMIC 2の株は(S)に分類されるにもかかわらず.治療失敗例や死亡率の上昇などの報告がされており問題となっています(J infect Chemother 2007; 17: 52-57) (Clin Infect Dis 2008; 46: 193-200) (Arch Intern Med 2006; 166:2138-2144) (J Clill Microbiol 2004; 42:2398-2402)
3. なぜ、感受性がSなのに効果が乏しいのか
VCMは「AUC/MIC」がPK/PDパラメーターであると前述しました。そして、MRSA感染症をVCMで治療をする際の指標としてAUC/MIC≧400において優れた臨床効果が得られたという報告があり治療の指標とされています (Crit Care Mcd 2001;29:100-107)(Clin Pharmacokinet. 2004;43:925-42)。実臨床においてはAUCを算出するのは煩雑ですので、トラフ値をAUCの代替指標とします。また、VCMの重篤な副作用である腎障害の発生頻度とその血中濃度は相関するためTDMを実施しています。
概算ですがトラフ濃度からAUCの推定が可能です。両者の関係を表2に示しました。
表2
トラフ濃度 | AUC | AUC/MIC(MIC=1) | AUC/MIC(MIC=2) |
5μg/mL | 100-200 | 100-200 | 50-100 |
10μg/mL | 200-400 | 200-400 | 100-200 |
15μg/mL | 400-600 | 400-600 | 200-300 |
20μg/mL | 600-800 | 600-800 | 300-400 |
表2からも分かるように、MIC=1の場合はトラフ値を15μg/mL以上にしなくてはならず、MIC=2の場合はトラフ値を20μg/mLにしても、優れた臨床効果が得られない可能性があります。腎機能障害発現の観点から、トラフ値を20μg/mL以上にすることは推奨できません。
これらの理由から、MICが高い場合は、他の抗MRSA薬への変更が推奨されることになります。救命センターの症例ではMIC 1でしたので、トラフ濃度15μg/mL以上に保てるように投与設計を行いましたが、MRSAを陰転化させることができませんでした。
4. VCM無効の難治性MRSA感染症に対する抗菌薬はどうしたら良いか?
VCMと同じグリコペプチドのTEICはVCMの感受性と相関することが多く、代替薬としては推奨できません。ただ、TEICは骨や軟部組織への移行性が良いこと、安全域が広いため高濃度に維持することが可能ですので症例によっては有効であった経験がありますが、一般的にはLZD、DAPへの変更がIDSA等のガイドラインに明記させています。さらにDAPは添付文書以上の高用量投与(8~10mg/kg)やREP、MINO、ST等の抗MRSA薬補助薬併用の有効性も報告されています。今回、経験したVCM無効の難治性MRSA敗血症は、最終的には高用量DAP+REP併用にてMRSAの陰転化を認め、状態が安定したのち転院となりました。
5. 薬剤師について(おまけです)
我々、薬剤師は本コラムに記載したようなPK/PDや組織移行性を考慮して抗菌薬の投与設計をしています。少しマニアックな世界に生きている我々ですが、抗菌薬に限らず様々な薬の相互作用や薬理作用の知識を日々蓄積しています。先生方が臨床で治療に困ることがありましたら、声をかけてもらえたら嬉しいです。即答することはできないかもしれませんが、論文検索等も含めて一緒に考えさせて頂きます。