日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

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ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第4回 第5回

第4回:2017年5月1日・第5回:2017年5月10日

2剤併用

今回は、抗菌薬を複数使うことについてです。大きく分けると、シナジー効果や2剤併用療法についてです。

 

 

シナジー効果(synergy effect)とは相乗効果のことで、2つの抗菌薬を併用した場合に、それぞれ単独投与された場合の効果を足し合わせた以上の効果が得られることです。最も代表的な例としては、スルファメトキサゾールとトリメトプリムのシナジー効果で、これらは合剤として世に出ています(ST合剤)。また、連鎖球菌や腸球菌に対して、ペニシリン系薬とアミノグリコシド系の代表であるゲンタマイシンとのシナジー効果があることが知られており、特にこれらの菌の感染性心内膜炎の場合に使用されます。
とここまでは教科書的な所ですが、実は、シナジー効果は実験系や動物実験での報告はされているものの、臨床的には明らかでない部分もあり、議論が残るところでもあります。実際に感染性心内膜炎のシナジー効果については、自然弁に関しては否定的な論文が続きました。例えば、自然弁の黄色ブドウ球菌に対してはペニシリン系薬とアミノグリコシド系薬の併用に関して、死亡率は減らさず、腎障害が増える、という文献(Cosgrove SE, Vigliani GA, Fowler VG Jr, et al. Clin Infect Dis 48:713-721, 2009)があります。シナジー効果<腎障害の方が実臨床上、大きなインパクトがあったということです。これらをもって有名所のガイドラインである感染性心内膜炎のAmerican Heart Association(AHA)ガイドライン、European Society of Cardiology(ESC)ガイドラインでは、自然弁における感染性心内膜炎に対するペニシリン系薬とアミノグリコシド系薬の併用に関して、2010年には併用が勧められていたものが2015年のものは併用すべきではない、という記載に変更となっています(Baddour LM, et al. Circulation 13;132(15):1435-1486, 2015、Habib G, et al. Eur Heart J. 36(44):3075-3128, 2015)。
実験系や動物実験では効果が示されているものが実臨床では効果が示されない、ということは往々にしてあります。医療の難しい所でありますが面白さでもありますね。

 

次に2剤併用療法についてです。2剤併用療法はシナジー効果としてではなく、単純に抗菌薬感受性を補うカバーとして用いられることがあります。
例えば、緑膿菌に対しては特に米国など耐性菌大国のガイドラインでは抗緑膿菌作用のある薬を2剤併用することの記載がありますが、これはシナジー効果ではなく、1剤では感受性がカバーできない可能性があるため、2剤投与で感受性を補おう、という考え方です。
医学部受験の際の懐かしの数学での「排反事象」という確率の計算問題になりますが、一般的に、その施設でのAという抗菌薬の緑膿菌の感受性が80%だったとします。Bという抗菌薬の緑膿菌の感受性が70%だったとします。A+B両方を投与すると、全緑膿菌の何%をカバーできるでしょうか?という問題です。
答えは、1-(0.2×0.3)= 0.94 = 94%ですね。
一般的に、一つの抗菌薬で感受性が90%を超えていれば、基本的には1剤でカバー可能と考えます。80%~90%はグレーゾーン、80%以下は使用しない、もしくは上記確率論も含め2剤併用が望ましいと考えられます。もちろん、敗血症性ショックのため重症で外すと危険!と考えるなら2剤の割合があがることもあると思いますし、逆にそこまで重症でなく待てる場合は80%以下でも1剤で、ということもあるかと思います。
2剤併用療法か1剤併用療法かどちらがいいかというのは文献が色々ありますが、local factor = その国、その地域、その施設での菌の分布や菌の感受性割合が違うので、その文献がどの国のものか、ICUセッティングなのか、など背景が重要です。私の結論から申しますと、各施設で対応を考えるべき問題であり、どこかの真似をしても(ある文献に沿っても)うまくいかないものと考えています。耐性菌大国のアメリカでの面白い研究があって、肺炎のガイドラインで推奨された抗菌薬3剤併用投与を行う遵守群VS推奨抗菌薬ではなく臨床医が考えた抗菌薬を使った非遵守群では28日生存率がなんと非遵守群の方がよかった、という研究(Kett DH et al. Lancet Infect Dis. 2011;11:181-9.)があります。ガイドライン鵜呑みも危ないです。やはり考えることは大切であって、ITに取って変わられないものは今後もあり続けると思います。
他の併用するシチュエーションとして、➀複数菌感染に対して複数の抗菌薬 ➁抗菌作用ではない他の作用 で使用する場合がありますがこれらは2剤併用療法とは一般的に呼びません。➀は例えば、緑膿菌肺炎+MRSAカテーテル関連感染症と際、抗緑膿菌作用のある抗菌薬+抗MRSA薬を使用するということがあります。➁としては例えば溶血性連鎖球菌やブドウ球菌によるtoxic shock (like) syndromeなどに対して毒素産生抑制目的で投与するクリンダマイシンや、気管支拡張症に対するマクロライド系などがあります。

 

1剤がいいか2剤がいいか関連する哲学的余談ですが、医療は不確かなものです。「絶対に1剤がいい!」「絶対に2剤がいい!」、1か0かの二元論、などの絶対論者は臨床医には不向きな面があると思っています(こういう議論によって学びを得る方法 = pro-conセッションなどはいいと思いますが)。臨床医は想定外のことが起きてもいつでも前後左右に動けるようなスタンスが重要と思います。以前先輩には「中腰の姿勢」がいい、と教わりました。サッカーの守備でいうところの、相手がどう動いてもすぐに動ける体勢・場所を予めとっておく=ポジショニング が重要なのと一緒ですね。
私が考える、また自分が理想としているいい臨床医とは、
➀ 想定内のことを増やす = 知識として学び続ける、それによる経験を積み続けるということ
➁ 想定外のことが起きてもすぐに反応できる対応力
なのだと思っています。中田英寿さんの黒ラベルのCMで、「世の中で無駄なことはなんですか?」という質問に、「分からないことを心配すること。何十年後のこととか。それよりも今がんばろうよ。」…➀、➁に通じるものがあるなと勝手に共感していました。

 

 

サッカーの話になるととてもとても長くなるので、今回はこの辺で。

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