日本大学医学部 救急医学系 救急集中治療医学分野

教室紹介

ICU感染ラウンド

ICU INFECTIONS ROUND

ICU感染症ラウンド 第10回 第11回

第10回:2017年6月14日・第11回:2017年6月21日

グラム陽性桿菌(GPR)

今回は、Clostridium perfringens 菌血症を踏まえ、グラム陽性桿菌についてお話しします。

 

 

「グラム陽性桿菌」が血培で出ました!と連絡があったら、皆さんどうやって考えますか?

黄色ブドウ球菌や肺炎球菌などのグラム陽性球菌、大腸菌、緑膿菌などのグラム陰性桿菌に比べ、グラム陽性桿菌(GPR)は臨床的に頻度が低いです。それ故に、苦手としているICU医も多いのではないでしょうか。けれど、臨床に関与するGPRは数が少ないので、覚えることも少ないです。これを機会に苦手→得意になっちゃいましょう!

 

GPRの話の前に、全体的な菌名の総論について少し述べます。

菌名が多すぎて覚えられない…という意見をよく聞きますが、臨床的に「覚えるべき」菌は少ないです。その時は「調べれば」よいのです。私も普通の医師よりは菌名とその特徴を覚えている方だとは思いますが、未だに??という菌が検出されることもあり、その時は調べます。調べると、自然に「覚えて」いくものです。菌名に限らず、疑問は調べる癖をつけた方がいいですね。

 

臨床医として覚える菌名の優先度として、

 

① 臨床的に頻度が高い(例:大腸菌、ブドウ球菌、緑膿菌)
② 重症化しやすい(例:黄色ブドウ球菌、大腸菌など腸内細菌GNR)
③ 薬剤耐性に注意が必要(感染予防の感染対策も含まれる)
  (例:緑膿菌 MRSA 結核)
④ 治療期間に変更が生じ(う)る(例:黄色ブドウ球菌、Candida)

 

の順に覚えたらいいと思います。ICU医としては、②③の優先度が非ICU医よりも上がるでしょう。

 

本題のGPRの話に入ります。
以下、「血液培養でGPR出ました!」という時の戦略です。
まず、細菌検査室に何っぽいか問い合わせてください。

 

① Clostridium 属っぽい!       … 本物!
② Corynebacterium 属っぽい!    … コンタミが多いが本物の時も
③ Bacillus 属っぽい!         … まずコンタミ、稀に本物の時も
④ Listeria monocytogenes っぽい!  … 本物!(血液というより髄液)
⑤ (Clostridium difficile)        … (血培じゃないよね)

 

こんな感じです。
詳細は割愛しますが、細菌検査技師さんはGPRが見えている段階で(菌名確定する前に)、大きさや形態などから菌名の予測ができているのです。

 

① Clostridium 属っぽい! … 本物!

特に血液培養の嫌気性ボトルのみから生えた時にはClostridium属の可能性がグッと上がります。嫌気性菌だからです。臨床的に多いのは Clostridium perfringens(ウェルシュ菌)です。今後の夏の時期に残り物のカレーなどを中途半端に温め直したものが危険で、繁殖し食中毒を起こすことが有名ですが、ICUセッティングでは菌血症を覚えておいた方がよいです。Clostridium perfringensが血液培養から生えた時は、①胆道系含めた腸管感染 ②特に婦人科系処置後の女性器からの感染 ③ガス壊疽を中心とした皮膚軟部組織感染 を考慮する必要があります。③は教科書的に有名なのですが、私の経験上は①が多いです。②、③は身体診察で診断、除外できるので、②③が除外できた場合は①ですね。今回の患者も②③は除外でしたので、①の可能性が高いと判断しました。治療はペニシリンGが多くは効きます。次のCorynebacterium 属と違って、グラム陽性菌全体にスペクトラムのあるバンコマイシンなどの抗MRSA薬を使用する必要はありません。

 

② Corynebacterium 属っぽい! … コンタミが多いが本物の時もある

多くがコンタミです。が、注意すべきシチュエーションとして、人工物の血流感染、つまり中心静脈カテーテル、人工弁、人工関節などが入っている場合、また免疫不全状態の場合は本物感染を除外する必要があります。Corynebacterium jeikeium という菌が代表です。特になぜ注意すべきかというと、バンコマイシンやテイコプラニンなどの抗MRSA薬しか効かないことがあるのです。GPR陽性でコリネっぽいです!という時には、上記シチュエーションがありうるか、抗MRSA薬を追加しなくてよいかを考えましょう。

 

③ Bacillus 属っぽい! … まずコンタミ、稀に本物の時も

ほとんどがコンタミです。Corynebacterium属よりもさらにコンタミが多いでしょう。なので、治療を要することはほとんどないと考えてよいでしょう。ただ、Bacillus cereusの時は少しだけ注意が必要で、Corynebacterium属と同じように人工物の血流感染、免疫不全状態の場合は本物感染を除外する必要があります。その場合は、クリンダマイシン、ゲンタマイシン、バンコマイシンなどが治療薬となるそうです。(そうです、という言い方をしたのは、10年くらいICUに携わってきている私も経験したことがないのです。それくらいの頻度ととらえてよいのかもしれません。)

 

④ Listeria monocytogenes っぽい! … 本物!(血液というより髄液)

これに関しては、血液培養でGPR出てからでは遅いです。乳児、妊婦、高齢者、(細胞性)免疫不全者が、(典型的にはチーズなどの乳製品を食べて、)髄膜炎症状で来た時は、すぐ血液培養出してアンピシリン投与して(ここまで30分目標)、髄液穿刺をして、という流れです。
髄液のグラム染色をして肺炎球菌っぽい!もしくはインフルエンザ桿菌っぽい!と思った時は、リステリア「も」考えなければいけません。なぜか?実はリステリアは分類上グラム陽性桿菌ですが、小型で球菌状、双球菌状、短桿菌状を呈することや、グラム染色不定のため、グラム陽性双球菌や小型のグラム陰性短桿菌と見間違うことがあるからです。もうおわかりですね。髄膜炎セッティングで頻度が多い肺炎球菌やインフルエンザ桿菌と似て「しまう」ことがあるのです。髄液グラム染色して「やった、肺炎球菌髄膜炎だ!」「やった、インフルエンザ桿菌だ!」と思った時には、「ちょっと待て、リステリアも考慮」してください。なぜこの考えが重要か?髄膜炎治療の第一選択薬で使用するセフトリアキソンやセフォタキシムなどの第3世代セフェムで効果が薄いので、アンピシリンを追加投与する必要があるからです。

 

余談ですが、このICU感染症ラウンドでも重要視しているのが、臨床感染症としての考え方です。ばい菌に対してウンチクを垂れるのではなく、臨床的にあり得るセッティングで戦略を変える、追加する必要があり得ること、に主眼を置いています。だから、リステリアを取り上げ、考え方を述べました。治療を変える必要がないなら、いくらばい菌や抗菌薬に知識があっても、我々臨床医にはいらない知識ですよね。

 

⑤ (Clostridium difficile) … (血培じゃないよね)

CD関連腸炎を起こします(今は偽膜性腸炎という言い方はしなくなっています、CD関連腸炎のうち、偽膜を形成するものは10%程度だからです)。臨床的に頻度はそれなりに多く、重症化しやすく、感染対策としても重要ですが、なぜ括弧書きにしたかというと、血液培養からGPR出ました!というケースではなく、GPRとして認識するよりも、CD関連腸炎として単独で認識するほうが臨床医のスタンスとして正しいと思うからです。CD toxinで検出しますね。抗菌薬使用中、もしくは後の下痢などの消化器症状が典型的です。
臨床上の注意点として、①周囲にCD関連腸炎患者がいる時は他の患者も注意(接触感染予防策の徹底) ②下痢がないことがある(白血球増多のみ、便秘で発症など) ③稀に中毒性巨大結腸症となり手術が必要となることがある などです。接触感染予防策での注意点は、アルコールが効かない(芽胞形成菌だから)ため、流水・石鹸による手洗いが必要となることです。
治療は、軽症であれば投与中の抗菌薬中止で治ることがあります。が、ICUセッティングでは投与中抗菌薬がそもそも中止できることは少ないですね。原疾患の感染症自体が重症である場合が多いからです。特に当院ICUでは、不要な抗菌薬は一刻も早くやめる!(じゃないと桑名先生が…)ですから、不要な抗菌薬が投与されているケースはほとんどないと思います。
軽症~中等症はメトロニダゾール内服、中等症~重症は「経口」バンコマイシンです。「経口」が重要で、間違っても点滴しちゃダメです、点滴バンコマイシンは腸管内には移行しません。ICUセッティングでは重症患者が多いので「経口」バンコマイシンを投与しがちですが、下痢症状のみでショックになっていないなどの患者では、私は個人的にメトロニダゾールを使います。
経口バンコマイシンを控える一番の理由は、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)を防ぎたいからです。VREが増えると、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)という恐ろしいMRSAができる可能性が上がり、VRSAの頻度が増えてしまうと治療戦略が大幅に変わりうる、という危険性を持っているからです。米国がこういう流れになっていますが、米国の悪いところまで追従してはいけません。逆になぜそうなったか?を逆手に考えれば、日本では防げるかもしれませんので、いい意味で参考にする必要があると思います。

 

<重要コラム & トピックス> Bacillus anthracis 炭疽菌について

私は診たことがありません。ほとんどの日本の医師は診たことがないでしょう。が、コラムで取り上げる理由は、2020年オリンピックを見据えてのことです。バイオテロの可能性があるため、臨床上、特に2020年に向けて必要と考えるからです。
2001年、封筒に入った「白い粉」に炭疽菌が入っており、肺炭疽を発症し5人の方が亡くなり、17名が罹患しました。一般的にバイオを含むテロについて我々臨床医としては、「症状からその疾患を疑えるか」「予防対策をどうするか」「治療をどうするか」を考える必要があります。特に「症状からその疾患を疑えるか」が最も重要です。これがなければ予防対策も治療もないからです。
炭疽菌は芽胞形成します。バイオテロとして使用される炭疽菌は吸入して肺炭疽を起こします。肺炭疽の潜伏期は1-7日で、症状としては感冒症状で発症します。その数日後、突然症状が悪化し、呼吸困難、チアノーゼ、ショックなどを起こし、治療されないと1-2日で死亡します。治療されない場合は致死率90%以上です。縦隔リンパ節で増殖するため、出血性縦隔炎を起こすことがあり、この場合、胸部X線で縦隔陰影の拡大が診断の手がかりとなることがあるそうです。
患者が搬送されてからの病院の予防対策としては、標準予防策でよいです。隔離の必要はありません。肺炭疽はヒトからヒトへの感染はないとされています。しかし、「白い粉」などの物が人体などに付着していた場合は、吸入しないよう最大限の注意が必要です。標準予防策としてのサージカルマスク着用は必須です。また、傷から入る皮膚炭疽もありますので、いずれにしても標準予防策の遵守が求められます。
治療は、シプロフロキサシンです。バイオテロとして使用される炭疽菌は、ペニシリン耐性に「わざと」されているものが使われたそうです。ペニシリンでは効かず、ニューキノロンが第一選択と言われています。
 暴露された可能性が高い症例に対しては、シプロフロキサシンやドキシサイクリンの予防投与が有用である可能性があるそうです。
→(http://www.med.or.jp/kansen/terro/cdc1017.html
 …ここからは邪推で済めばいい私の推測です。テロリストの立場になって考えると、インターネット上で、「ニューキノロンが第一選択」という情報が簡単に手に入る現在、ニューキノロンに耐性の炭疽菌を創り出してから散布する、という可能性すらも考える必要があるかもしれません。そうなると、ドキシサイクリンやミノサイクリンなどテトラサイクリン系が有効かもしれません。状況により、ニューキノロンに加えてもしくは変更で、テトラサイクリンを用いた方がいいかもしれません。
バイオテロも含めたテロは2020年に向けて重要になってきます。テロが起きたとしても被害を最小限に食い止めるため、テロの知識を皆で増やしていければと思います。

 

 

怖い話で終わってしまいましたが、一般的なICUセッティングとして、GPRに関してはほぼこれで網羅しているといっても過言ではないでしょう。他のが出たらどうするかって?その時は調べればいいんです!!

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