教室紹介
ICU感染ラウンド
ICU INFECTIONS ROUND
ICU感染症ラウンド 第21回 第22回
第21回:2017年9月27日・第22回:2017年10月12日
βラクタマーゼ産生菌について
「大腸菌(AmpC産生菌)です」という報告があった時に、皆さんはどう思いますか?
私は、「恐ろしい時代だ…」と思いました。今回は、その理由と共に、グラム陰性桿菌の薬剤耐性菌の中で臨床的に注意すべきβラクタマーゼ産生による耐性機構である、ESBL産生菌とAmpC産生菌について触れたいと思います。
ESBL産生菌
『ESBL産生菌(を疑う)場合、臨床的に重篤であればカルバペネム系、重篤でなければセフメタゾールが選択肢となる』
以下、その理由です。
ESBLとは、Extended-spectrum beta-lactamaseの略です。日本語では基質(特異性)拡張型βラクタマーゼといいます。何かよくわかりませんね。グラム陰性桿菌である、大腸菌、Klebsiella属、Proteus属などの腸内細菌群が産生するβラクタマーゼの一部であり、総称です。臨床的にシンプルに言うと、ESBL産生菌はβラクタム系抗菌薬であるペニシリン系、セフェム系の多くを分解し感受性がなくなってしまうことが問題です。ESBL産生菌はJANISという日本のサーベイランス事業の結果からも日本でも増加傾向であり、注意が必要です。腸内細菌群が関与することが多い感染症、すなわち尿路感染症、腹腔内感染症では、ESBLを頭に入れて臨床に臨む必要があります。
①ESBL産生菌が起因菌である場合や、②尿路感染症、腹腔内感染症などで敗血症性ショックなど重篤でESBL産生菌を最初からカバーする場合は、ESBL産生菌に対する治療が必要になります。王道としてはカルバペネム系です。カルバペネマーゼをESBLは分解しないので、カルバペネム系は治療の選択肢の一つです。また、日本の報告で、ESBL産生菌による菌血症に対しては、感受性があり経過がよければセフメタゾールがカルバペネム系と比較して遜色ないという報告(Fukuchi T, et al. Cefmetazole for bacteremia caused by ESBL-producing enterobacteriaceae comparing with carbapenems. BMC Infect Dis. 2016 Aug 18;16(1):427. )がありますので治療の選択肢の一つです。
カルバペネム系、セフメタゾールよりはデータとして劣りますが、フロモキセフも選択肢の一つとなりうる可能性があります。
タゾバクタム/ピペラシリンはカルバペネム系に比べ治療成績が劣るという報告(Tamma PD, et al. Carbapenem therapy is associated with improved survival compared with piperacillin-tazobactam for patients with extended-spectrum β-lactamase bacteremia. Clin Infect Dis. 2015 May 1;60(9):1319-25. )や、劣らないという報告(Vardakas KZ, et al. Carbapenems versus alternative antibiotics for the treatment of bacteraemia due to Enterobacteriaceae producing extended-spectrum β-lactamases: a systematic review and meta-analysis. J Antimicrob Chemother. 2012 Dec;67(12):2793-803.)があるため、なんともいえませんが、現状ではカルバペネム系の方がファーストチョイスになると考えられます。絶対にタゾバクタム/ピペラシリンを避けた方がいい、ということではないですが、少し注意が必要です。
ただ、カルバペネム系を使用する際に注意することとして、上記②の場合では緑膿菌を中心としたいわゆる「SPACE」をカバーする必要があることが多く、その場合、SPACEのカルバペネム耐性(日本の施設では緑膿菌はカルバペネム系に対して80-90%の感受性率、つまり10-20%程度耐性の施設が多いと考えられます)を考慮する必要があります。カルバペネム系一辺倒だと、こういうシチュエーションで手落ちとなる可能性があります。
感染症の世界では常にそうですが、やはり何が起因菌か考えること、推定することは、本当の臨床能力を身に着ける上で重要だと思います。ESBLに関して言えば、以前のその患者さんの培養からESBLが出ているか緑膿菌が出ているか感受性はどうかなどを確認すること、患者背景からSPACEなどを持ちうるか(入退院を繰り返している、広域抗菌薬の使用歴が3か月以内にある、尿道カテーテルが入れっぱなしである、など)を確認すること、グラム染色を行い腸内細菌群っぽいか緑膿菌っぽいか見分ける力をつけることなど、これらを確認したり実行したりした上で抗菌薬を選び、経験を積むことは重要だと思います。
少しだけマニアックなことを言うと、「ESBL」というのはあくまで総称であり、遺伝子型でさらに細分化できます。日本や海外での遺伝子型の傾向は明らかに違い、日本のESBL産生菌に対してはセフメタゾールが効きやすいのではないか、などの検討もあります。一般的に感染症関連の論文を読むときは特に、local factorに気をつけて読む必要があります。
AmpC産生菌
『Enterobacter、Serratia、Citrobacterが起因菌であった場合、仮にCTX、CTRXの感受性が「S」でも、これらの使用は避ける!』
以下、その理由です。
以前、Enterobacter sakazakiiという稀な菌のコラムで少し触れましたが、AmpCという染色体(遺伝子)を持っている可能性がある腸内細菌群であるEnterobacter、Serratia、Citrobacter, (厳密にはProvidencia, Morganellaもだが、臨床的には少ない、頭文字で「ESCPM」と呼ぶこともある)では、CTX、CTRXなど第3世代セファロスポリン系の薬剤感受性が「S」となっていても、実際には効かなくなってしまうことがあります。これは、誘導耐性といって、CTX、CTRXを使用しているうちにAmpCが過剰産生され、臨床経過中に第3世代セファロスポリン系が効かなくなり転帰不良に繋がる可能性があります(Chow JW, et al. Antibiotic therapy for inducible AmpC β-lactamase-producing Gram-negative bacilli: what are the alternatives to carbapenems, quinolones and aminoglycosides? Int J Antimicrob Agents. 2012 Oct;40(4):297-305.)。
つまりEnterobacter、Serratia、Citrobacterが起因菌であった場合、セフェピムなどの第4世代セファロスポリンを使用するのが現在の一般的な治療法です。もちろん、感受性結果でセフェピムがRであれば、セフェピムも避ける必要があります(この場合、前述したESBL産生菌の併存例である可能性、他の耐性機構との併存である可能性があります)。
冒頭に触れた「大腸菌(AmpC産生菌)です」という報告があった時に「恐ろしい時代や…」と思った理由ですが、そもそも、大腸菌はAmpC遺伝子を持っていないのです。上記のとおり、Enterobacter、Serratia、Citrobacterは遺伝子的に染色体上に持っていますが、他の腸内細菌群は持っていないのです。「じゃあ、なぜ?」というと、AmpCを持っているこれらの菌と大腸菌が接触すると、プラスミドという伝達物質を介して、遺伝子であるAmpCを渡してしまうのです!他の腸内細菌群にも渡してしまうので、菌自体の接触を予防しないと、どんどん菌同士で、ひいては患者同士で、耐性菌を拡散していってしまうのです。細菌の耐性化の仕組み(生き残りの仕組み、ともいえます)、おそろしいですよね…。こうなれば、大腸菌もAmpCを持ち、第3世代セファロスポリン系は使用できません。大腸菌のみではなく大腸菌の次に多い腸内細菌群のKlebsiella属でも報告があります。
だから、ESBL産生菌もそうですが、感染予防策、この場合は「接触感染予防策」が大切なのですね。日々、一つ一つ予防策を徹底していくことが大切です。