教室紹介
ICU感染ラウンド
ICU INFECTIONS ROUND
ICU感染症ラウンド 第8回 第9回
第8回:2017年5月31日・第9回:2017年6月7日
抗MRSA
今回はグリコペプチド系以外の抗MRSA薬について述べます。私はMRSA保菌者の場合、VCM、TEICのMICは必ずみておきます。その理由を含め述べていきます。
以前、ICU感染症ラウンド第3回で、テイコプラニン(TEIC)をメインにしている理由、をお伝えしました。それはその回のコラムを参照いただければと思いますが、そこの最後に、少しだけ、リネゾリド(LZD)やダプトマイシン(DAP)に触れました。そこでは、LZDはMRSAによる肺炎や軟部組織感染症にはよいと思われ、DAPも菌血症にはよいかもしれない、ただ、積極的にTEICよりもこれらを使用する根拠、理由はまだそこまではないだろうと考えている、と述べました。これを少し掘り下げたいと思います。
一般的には、「MRSA感染症の治療ガイドライン」を参考にするのがよいと思います(http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/guideline_mrsa_2017.pdf)。2017年5月に改訂版が出たばかりなので、一読することをお勧めします。100ページくらいありますが、疫学や文献部分などを除くと、50ページくらい分かもしれませんので、そこまで時間がかからずに読めます。
私がTEICやVCMなどのグリコペプチド系以外を選択するセッティングとして、①TEICやVCM投与中でもMRSA感染がおさまらないこと>②TEICやVCMのMICが高めであること>③LZDやDAPを使いたい理由があること>④TEICやVCMのアレルギー の順であります。④はあまり経験がありませんが疑わしかったものはあります。以前は①②が多かったですが、③も徐々に増えてきた印象があります。
とはいえ、TEICの処方頻度が圧倒的に多いことを前提にお伝えした上で、以下まとめていきます。
まずLZDからです。
LZDはオキサゾリジノン系に属します。いくつか特徴がありますが、良い特徴としては、肺や髄液、皮膚軟部骨組織への移行性がよい、経口薬のバイオアベイラビリティがよい(経口で投与した時もほぼ静注した時とかわらない)などがあります。MRSA肺炎ではファーストで使用することもたまにあります。私の中では臨床的なインパクトがとても大きいわけではないですが、LZD VS VCMのMRSA肺炎のRCTがあります。(Wunderink R G, et al: Linezolid in methicillin resistant Staphylococcus aureus nosocomial pneumonia: a randomized, controlled study. Clin Infect Dis 2012; 54:621-9)ただ、後述するようにLZDは静菌性であるため、MRSA肺炎かつ菌血症の時は少しだけ迷います。
脳室ドレナージ感染以外でMRSA髄膜炎の頻度は稀ですが、市中型MRSA筋炎→菌血症→髄膜炎の機序で発症した市中型MRSA敗血症に対して前医で使用されていたVCMが、臨床的に効果がなかったのでLZDにスイッチしたところとても効果的であった小児例の経験があり、症例報告しています(Yonezawa R, Kuwana T, Kawamura K, Inamo Y. Invasive Community-Acquired Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus in a Japanese Girl with Disseminating Multiple Organ Infection: A Case Report and Review of Japanese Pediatric Cases. Case Rep Pediatr. 2015;2015:291025. doi: 10.1155/2015/291025. Epub 2015 Dec 27.)。このケースはLZDに変更後、1日で劇的に意識の改善があり、LZDで治癒できたと判断しています。
ICUセッティングでは経口で使用することは稀だと思いますが、特に骨髄炎など長期投与が必要な場合は重宝することがあるようです。
他に、溶連菌によるtoxic shock syndromeやブドウ球菌によるtoxic shock like syndromeなどでは、TSST-1などの毒素の産生抑制効果のためCLDMを投与することがありますが、LZDにもありますので、MRSAによるtoxic shock like syndromeがあればLZDを使用する場合があるかと思います。
良くない特徴としては、血小板減少があります。ただこれは14日間を超えると頻度が増加してくるため、2週間程度の使用だと問題にならないことが多いです(Sasaki T, et al: Population pharmacokinetic and pharmacodynamic analysis of linezolid and a hematologic side effect, thrombocytopenia, in Japanese patients. Antimicrob Agents Chemother 2011; 55: 1867-73)。ICUセッティングだとそもそも重症MRSA敗血症であると血小板減少が起きている患者が多いですが、私個人的には「血小板が低いから使いづらい」とは思いません。むしろ重症MRSA敗血症をきちんとLZDで治療できれば、敗血症による血小板減少ならば血小板は上がってきます。ただ、2週間程度たったら注意が必要ですし、その前に、一旦LZD投与で血小板が改善していたのがまた下がってくることがあれば、LZDを継続することは再考した方が良いと思います。いずれにせよ、血算は頻回に評価をする必要があります。
LZDは静菌性の抗菌薬であるため、MRSA菌血症や免疫不全のMRSA感染症に対しては進めない専門家もいます。私個人としては、菌血症にはさほど抵抗がないですが、免疫不全の場合には理論的には殺菌性の抗菌薬の方がよいのではないかと考えてられるので、免疫不全が強い症例には少しLZDの使用には慎重になります。
今の私のLZDの使い方は、MRSA肺炎でTEIC投与していて今いち良くならない場合、MRSA軟部組織感染症で毒素産生抑制も一緒に考慮したい場合です。かつ、菌血症や免疫不全である場合には少し使いにくいので、菌血症か免疫不全を考慮し、そのさじ加減を変える、といったイメージです。
次にDAPについてです。
LZDは環状リポペプチド系に属します。いくつか特徴がありますが、良い特徴としては、菌血症や骨・軟部組織感染症などには問題なく使用できることがあげられます。また、VCMよりは治療域と中毒域の境が大きいので、VCMよりは腎障害が少ないと考えられています。
良くない特徴としては、肺のサーファクタントで失活するので肺炎に使用できないこと、CK上昇の副作用があるので採血でCKモニタリングが必要なこと、があげられます。ちなみに私が受けた集中治療専門医試験にDAPの問題があり、CK上昇の頻度が多いというのが正答でした。
TEICやVCMと少し違った作用機序なのでこれらに耐性化していても効果がありうるのですが、TEICやVCMのMICが高めの時にはDAP通常量(菌血症の場合6mg/kg)では治療失敗する可能性が高く、8mg/kgから10mg/kgの投与設計が必要です。IDSAのMRSAガイドラインでは、VCMで治療していてなお持続するMRSA菌血症の場合、10mg/kgのDAP治療を推奨しています(Catherine Liu, et al. Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America for the Treatment of Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus Infections in Adults and Children: Executive Summary. Clin Infect Dis. 2011;52(3):285-292))。このためDAPを使用するときは、MRSAの感受性が分かっている場合、VCMやTEICのMICをみることが重要です。
今の私のDAPの使い方としては、菌血症や骨軟部組織感染症などでTEIC使用していても臨床的に治癒しない(治癒が遅い)時、VCMのMICが1以上の時は、DAPに変更もしくはDAPから投与開始するという戦略です。
冒頭で述べた、①TEICやVCM投与中でもMRSA感染がおさまらないこと、②TEICやVCMのMICが高めであること は、抗MRSA薬として意味は共通しているかと思います。②だから①、ということがあります。MIC Creepといって、VCMのMICが1以上の時は治療失敗が増えてくるので、2以上は変更、1でもVCMやTEIC以外の抗MRSA薬に変更を検討した方がよいと考えています。また①は抗MRSA薬とは別にドレナージ不良などを考慮する必要があり、感染性心内膜炎は大丈夫か、膿瘍形成がどこかにないか、など考えることが重要です。
なお、アルベカシンは使用経験がほとんどありません。世界的にメジャーでなく文献が少ないため薬効が不確定な要素が強いこと、アミノグリコシド系薬に属するため、腎毒性、不可逆的な耳毒性の懸念があること、緑膿菌などのグラム陰性菌に(変に)「効いてしまう」のと、から、特に使用するシチュエーションが見当たらないからです。使うシチュエーションを少し考えてみましたが、緑膿菌感染でβラクタム系やニューキノロン系が軒並み耐性でアミノグリコシド系を使用しなければならない時の、MRSAと緑膿菌の混合感染、でしょうか。こんなシチュエーションまず臨床ではお目にかからないですね。だから使用経験がありません。
ということで、冒頭で述べたMICを見ておく理由をご理解いただけたでしょうか。抗MRSA薬も今や使い分けの時代に来ています。とはいえ、今の日本のMRSA感受性であればTEICやVCMのグリコペプチド系の頻度が(適正に使用していれば)一番多くなるでしょう。耐性菌の多い米国ではVRSAというバンコマイシン耐性MRSAが多くなってきて、もはやTEIC、VCMファースト戦略を変えざるをえなくなっています。そして、こういったlocal factorという理由が、海外の抗菌薬ガイドラインが参考にならない場合がある理由です。
米国のようにならないためにも、TEICやVCMも含め、抗MRSA薬を適切に使用していきたいですね。
途中出てきたバイオアベイラビリティに関する余談ですが、バイオアベイラビリティが悪い関係から、経口薬の第3世代セフェム(フロモックス、メイアクト、バナンなど)は使用しない方がいいでしょう。吸収が悪く、ほぼ、う○ちとなります。私は処方することはありません。今度、日本の国策として最も削減していこうとしている経口抗菌薬についてもコラムで取り上げようかなと考えています。